舞鶴湾の入江の東側に位置する大丹生村には、『宮さん』と呼ばれる大丹生神社ともうひとつ、『奥の宮さん』と呼ばれる鎮守社があります。
熊野神社です。
霊験あらたかなる熊野神社は現在でこそ市道の脇に鎮座していますが、元来は山の頂に鎮座していたのだそうです。熊野神社の神様は大変に気位が高く、民の不敬を決して許しませんでした。往来する船からも山の頂にある熊野神社はよく見えたそうですが、船乗りが不敬をはたらく(洋上から山に向かって小便をする等)と、たちどころに船を沈めてしまったりしたそうです。困ったことにこの山は航海上の目印になる山で、大浦半島に近づけば最初に見える山でした。これではうっかり用をたす訳にもいきません。
村の衆は熊野神社を山から降ろして、海が見えないところに改めて社を造ろうとしました。しかし霊験あらたかにして気位の高い熊野神社の神様のこと、ひとつ間違えば村が滅んでしまうかも知れません。そこで村人は一計を案じました。近江の国から日吉大神を勧請して、熊野神社の神に遷宮を聞き入れて貰ったのです。
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熊野神社(京都府舞鶴市字大丹生) |
熊野神社の神は素戔嗚尊(すさのをのみこと)であり、近江の国から勧請された日吉大神は大山咋神(おおやまくいのかみ)、つまり熊野神社の神様の孫神さまです。孫の頼みを無下にできないのは民も神も同じだったと言うことです。
さて、現在日吉大神の分霊は、大丹生神社の主祭神として祀られていますが、名称は日吉神社若しくは山王宮とはなっておらず(鳥居の額には山王宮と刻まれているが・・・・)大丹生神社のままです。おそらくは日吉大神を勧請した際に、大丹生神社の主座を退いた神が居たからだと思われます。その神は現在でも大丹生神社本殿向かって左側の祠に祀られています。
現在ではもう名前さえも解らなくなった祠の主は・・・・
神域の気配が女性的である事から、丹生都比売命(にうつひめのみこと)、若しくは罔象女命(みずはめのみこと)だったのではないかと思います。