浦嶋子の伝説
時は人皇二十一代雄略天皇の御代二十二年七月七日、当地の漁師浦嶋子(うらのしまこ)は沖に出て釣りをしていましたが、不思議なことに三日三晩一匹の魚も釣れませんでした。諦めて帰ろうと竿を上げるとそこに五色の大きな亀が現れました。
亀を眺めるうちに眠りについてしまった浦嶋子が目覚めると、亀は美しい乙姫の姿に変わっていました。二人は常世の国(龍宮城)へ赴き楽しい日々を過ごしましたが、里心のついた浦嶋子は三十三代淳和天皇の御代になって故郷に還って来ました。
常世の国へ赴いてから三百四十七年が経過していました。
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宇良神社(浦嶋神社)の由緒書 |
宇良神社(浦嶋神社)は、浦嶋子の奇譚を知った淳和天皇が小野 篁(おののむらまさ・・・・ここでこのお方に出逢うとは思わなかった(汗))を当地に派遣し、浦嶋子を筒川大明神として祭祀するために宮殿を造営させた事が始まりとされています。
宇良神社の由緒書には、浦嶋子は日下部氏の祖先に当たり、開化天皇の後裔であり、太祖は月読命の子孫で当地の領主であると記されています。まさに驚くべき伝承ですが、異聞には更に驚くべき伝承があります。
常世の国とは冠島(凡海郷)の事であるというのです。冠島と沓島の名前は『冠と沓を残して常世に至る』に由来するのであり、付近の海域は龍宮海とも呼ばれています。
伝説を総て肯定するならば、浦嶋子が乙姫と常世に旅立ったのは西暦478年、凡海郷が海没したのが西暦701年、常世から伊根の地に還ってきたのが西暦825年ですから、浦嶋子は凡海郷が壊滅する様を見ていたことになるのです。