〜 おゝしあまのさと 〜
 

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磯 砂 山

 


磯砂山頂にある天女のモニュメント

昔、磯砂山の山麓で八人の美しい天女が水浴びをしていました。その様子をそばで見ていた老夫婦が一人の天女の羽衣を隠してしまったため、その天女は天に還ることができなくなってしまい、やむなく老夫婦の養女として暮らすことになりました。
天女は稲作・養蚕・酒造の技術を伝え、老夫婦はすっかり裕福になりましたが、ある日老夫婦は「汝は我が児に非ず」として天女を追い出してしまいました。
悲しみに暮れた天女(豊宇気比売)は・・・

磯砂(いさなご)山は京都府京丹後市峰山町にある標高661メートルの山です。この地に伝わる羽衣伝説は丹後風土記にも登場する日本最古のものです。

   

山頂展望台からの風景 はるか彼方に久美浜町の小天橋が見える
平成14年5月3日、日出倭と京都木屋町にある某占いスポットのご一行、サンタマリア氏(風貌がユースケ・サンタマリアに似ていることから命名?)の計8名は、羽衣伝説の山、磯砂山登山を敢行しました。

登山口から1010段の階段を登りきると、綺麗に整備された山頂(磯砂山頂てんてん広場と呼ぶらしいです)にたどり着きました。山頂の広場には展望台が設けられ、無料の望遠鏡まで据え付けてありました。

ここからの眺めはまさに絶景で、360°の大パノラマが展開しています。
天橋立・小天橋・青葉山・大江山・依遅ヶ尾山 さらには冠島と、丹後の主だった聖地が総て見渡せる磯砂山は、まさに丹後の国見の山です。豊宇気比売が磯砂山に舞い降りたのは、この山が国見の山だったからなのでしょう。

なお、この山一帯は古くからの大砂鉄産出地帯だったらしく、現代においてもコンパスが狂う事を付記しておきます。

   

展望台付近に巨石群発見!!

展望台に登ると、真っ先に巨石群が目に飛び込んできます。

   

磐座と呼んで差し支えないでしょう

この巨石群、注連縄こそ巻かれていませんが神社フリークにはどうしても磐座(いわくら 神様の御霊が宿るとされる)に見えます。しかも相当立派な磐座に見えます。

   

この岩は何処かで見たような気が・・・

この磐座?、どこかで見たような気がします。
稲穂の付いた注連縄が似合いそうだと思うのは私だけでしょうか?

山頂を公園として整備するとき、現代人は遺跡の意味が解らずに破壊してしまう事がよくありますが(多分大江山あたりはそうでしょう)、磯砂山頂が整備される前は一体どんな姿だったのだろう?との想いが脳裏をよぎりました。

   

山の支配者は代わろうとしていた・・・

登山に家族連れで参加されていた美人タロット占い師某女史は、山頂に到着する時刻を大変気にしておられました。この方は理屈ではなく本能で本質を見抜く力を持っていると思います。

山の主が代わろうとしていました。一行は長居は無用とばかりに山頂をあとにしました。
 

 

   

女池 フラッシュを焚いたのに何故か真っ暗

八人の天女が水浴びをしていたとの伝説のある女池(めいけ)は、磯砂山の中腹にあります。行った時刻が悪かったのか、何とも薄気味悪い場所でした。
「ここは池ではない。なぜならここには水脈がないから・・・ここに天女が舞い降りるとは考えられない。」同行していた某占いスポットの黒幕氏が、彼にしては珍しく怒ったような口調で言いました。あとで聞いたところによると、黒幕氏は木の枝に引っ掛かっていた赤と青の布に邪なものを感じたとの事です。「布がまるで女性の髪の毛のように思えた。」と告げると、黒幕氏は「まぁ、似た様なものだけど・・・」との答えが返って来ました。

   

女池 明度を最大に加工(いろいろ写ってますが気にしてはいけません)

女池の画像が真っ暗だったので、あれこれ加工して見えるようにしたのですが・・・・・

お手上げですヽ( ´ー`)丿フッ

 

   

 

登山オフに参加された皆さんお疲れ様でした

 

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