H2の闘病記 その10

残された最後の希望

平成14年10月、私は少し焦り始めていました。

D病院の主治医に紹介して貰ったK大病院の形成外科において、眼瞼下垂症ではないと診断されたからです。

納得のいかなかった私は斜視の手術を受けたO大病院の形成外科も受診してみましたが、眼瞼下垂症の「が」の字も出ませんでした。

K大病院とO大病院の共通した見解は、「不自由されているのは理解しているから、額をレーザーメスで切開して縫い縮め、眉の位置を現在よりも持ち上げたら視界は確保できる。その方法しかない。」とするものでした。後で知った事なのですが、これは顔面麻痺に対する一般的な手術方法なのだそうです

 

やっぱり重症筋無力症なのかな?・・・・・・・

 

ふとそんな不安がよぎりました。

 

が、

 

落胆するのは自分で探した病院の診察を受けてからにしようと思い直しました。

本来なら自分で探した病院へ真っ先に行きたかったのですが、電話で診察の予約を入れてから一ヶ月以上の待ちが生じた為、半ばやむを得ず大学病院を受診したのですが、今から思えば無駄足以外のなにものでもありませんでした。

あまりにもあっけなく・・・

平成14年11月某日、初診の予約を入れてから一ヶ月以上待って、私はようやく自力で探し出した病院の診察日を迎えました。 予約は午後1時からだったのですが、1時間ほど前から病院の周りをウロウロしていたのを覚えています。遅刻は絶対にしまいと思っての事だったのですが、病院を発見するのにかなりの労力を要したので、結果的には程良い時間になっていました。

診察は院長自ら行って下さいました。診察時に初めて院長と顔を合わせたとき「!」という声にならない様な声が聞こえた気がしました。(後で伺った事ですが、初診の時の私は、院長がこれまで診察した患者さんの中で一番暗い顔をしていたそうです。)院長は開口一番「これから診察を行いますが、眼瞼下垂症だった場合手術を希望されますか?」と、質問されました。多分見ただけでも解る状態だったんだろうと思います。

私の場合は目薬を点眼した後に瞼がどの程度開く様になるかを調べたのみで、眼瞼下垂症の確定診断がつきました。その後はかなり長く手術についての説明を受けたのち、受付で手術日の予約を入れて(予約は年内は一杯で、私の手術日は翌年2月となりました。)その日は帰路に就きました。

葛藤・・・

帰路、鴨川沿いをてくてく歩きながら、私は叫びたくなる衝動を抑えていました。

もっといろいろ調べて欲しかった
脳波測定するとか、瞼にクリップ付けるとかして欲しかった
こんなに簡単に診断がついたら
これではこれまでの回り道に対して釣り合いが取れない・・・゚・(つД`)・゚。

診断結果は私が待ち望んだものであり、取り敢えず診断が出た事で精神的にかなり楽になった事は紛れもない事実なのですが、これまでの辛かった事などが次々に思い出されて、私はどうしても素直に喜べませんでした。

無駄に使った時間とお金とその他諸々を返してくれ!!



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