H2の闘病記 その9

悶々とした日々

もしも結核だったら、やっぱり隔離されるんだろうか・・・・隔離されるとしたらどの病院にされるんだろうか・・・・・E病院に隔離はヤだな・・・・結核菌だったらまだ良いけど、ライ菌だったら最悪だな・・・・・

私は不安感と焦燥感で一杯になっていましたが、とにかく結果が出ない事にはどうしようもありません。

とにかく不安を解消したい。その一心で、私はインターネットを利用した情報収集に没頭していきました。 複視の関係で小さいフォントは判読が難しかったので、気になる情報は大きなフォントにして印刷して読んでいました。結核菌の保菌者であっても排菌していなければ即隔離とならないことや、隔離中は国が生活を保障してくれる事などを知りました。

ヒョウタンからコマ

この闘病記を読んでくれている皆さんが、ネットで何か情報を得たいと考えたときにはどうされるでしょうか?「YahooやGoogleで検索してみる」という人もいれば、「取り敢えず某匿名掲示板群を覗いてみる」という人も少なからずいらっしゃると思います。この某匿名掲示板群は書き込みが匿名で出来るが故に、まさに玉石混交の状態ですが、有効な情報が得られる事も事実だと思います。

私は結核について一通り検索エンジンで調べた後は、もっぱら某匿名掲示板群の健康板の結核に関するスレッドを読んでいましたが、後にプレドニンについてのスレッドも読み始めました。そして「この掲示板に他に気になるスレッドはないかな?」と思って調べていると、ひとつ気になるスレッドを発見しました。

スレッドのタイトルには【眼瞼下垂症について】とあったと思います。

眼瞼下垂って

「眼瞼下垂症」・・・・・単なる見間違いではありません。確かに「症」の字がついています。私はこれまで医師から散々右目が眼瞼下垂であると指摘されていましたが、眼瞼下垂症なんて病気があるとは考えても見ませんでした。もしもそんな病気があるのなら、当然病院はその可能性について考査してしかるべきであろうとも思いました。

が、同時にこうも思いました。

医師の無知による見落としかも知れない

私はネットをフルに活用して眼瞼下垂症について調べ始めました。 世の中便利になったものです。欲しい情報は即座に見つかりました。「眼瞼下垂症」と打ち込んで検索エンジンで調べると、驚くほど沢山の情報が得られました。

l        眼瞼下垂症には先天性、後天性、老人性がある。

l        先天性や後天性は腱膜性眼瞼下垂症と総称され、老人性は退縮性眼瞼下垂症と呼ばれる。

l        腱膜性眼瞼下垂症の場合、眉をあげたり、ミュラー筋を縮める事で視界を確保しようとする。

l        眉をあげた状態が続くと、おでこに皺が刻まれるだけでなく、頭痛や肩凝りの原因となる。

l        ミュラー筋は本来交感神経が緊張する事で縮んで瞼を持ち上げるのを補助する細い筋肉だが、必要以上に縮めると、常時緊張状態になり疲れやすくなる。

l        自律神経失調症、鬱病、慢性疲労症候群などの原因とする研究者がいる。

l        後天性の場合手術の方法には大きく分けて挙筋短縮と挙筋前転の二種類の方法がある。

l        近年信州大学形成外科の松尾教授が画期的な手術方法を考案(従来の手術では切除していたミュラー筋を付け直す挙筋前転法)しており、この病気の研究では信州大学が最も進んでいる。

l        水泳の田中雅美選手も松尾教授の執刀で腱膜性眼瞼下垂症の手術を受けている。

 ここまで調べて、私はふとある事に気づきました。

この話以前○○さんが教えてくれていた・・・・・・(´・ω・`)ショボーン

 

もうこれしかないでしょう

翌日私は

http://www.city.komaki.aichi.jp/koho/001101/shindan.html

のページを印刷して主治医を訪ねました。主治医はかなり懐疑的でしたが、私の症状は神経内科的に最早手の施しようがない状態(何をやっても効果がない)であり、最悪私が重症筋無力症だったとしても腱膜性眼瞼下垂症の手術を受ける事は斜視の矯正手術を受けたときと同じで、何らかの対処療法になり得るのではと強く主張したところ、主治医の方で病院を探してくれる事となりました。

私はこの時点で自分が重症筋無力症ではなくて腱膜性眼瞼下垂症だと確信していました。眼瞼下垂は勿論の事、頭痛や疲れやすい状態や、すぐに呼吸が乱れてしまう事に至るまで、全身に現れた症状はすべてミュラー筋酷使した事によって起こりうる自律神経失調症若しくは慢性疲労症候群で説明がつくと思っていたからです。

ミュラー筋が気になっていた私は信州大学医学部附属病院に紹介して貰う事を希望していましたが、当時で初診まで半年以上待たなければならなかった事からK大病院の形成外科を紹介して貰いました。

また、自分でも病院をひとつ探し出していました。いわゆる信州大学方式の手術は一般的ではないとの情報を得ていたからです。

 

私が探し出した病院はこちら
       ↓
http://www.medilink.co.jp/doctor/a/suzuki/

病院を探し出すきっかけになった記事はこちら
       ↓
http://www.ihealth.co.jp/main/e_doctor/

 

眼瞼下垂症という病気を知ってかなり気分的に楽になっていた頃、結核についてはシロであったとの検査結果がもたらされました。

私の下がり続けた運気も漸く底を打った気がしました。



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