H2の闘病記 その8

進退窮まる

平成14年7月、私はO大病院の神経内科に検査入院しました。

二回にわたる斜視矯正手術によって、私の眼位のズレはかなり改善されていましたが、それでもなお正常値におさまらず、瞼は垂れ下がったままで、改善はされたものの相変わらず複視が出ている状態でした。当然の事ながら以前の様に仕事をこなす事など出来なかったのですが、『あれだけ休んでおいて未だ治らないってどういう事?会社がどれだけ迷惑しているか解ってるの?』という社内の目に耐えられず、極力穴を空けない様に必死になっていました。

が、遂に無理が利かなくなってしまいました。

O大病院の神経内科は私が重症筋無力症(MG)である事には懐疑的であり、入院後の検査で脳障害が見あたらない事から、当初ベル麻痺で間違いないとしていました。ところがMGを否定するための検査(筋電図→テンシロン投与→筋電図)を行ったところ、やはりMGの可能性は否定できない(筋電図に特徴的な波形が見られ、テンシロン投与後に改善が見られる)とされました。

退院前日の説明では、「ベル麻痺であろうと重症筋無力症であろうと、現状に於いてはステロイドの大量投与が最も効果的です。以前ステロイドを試して効果がなかったのは、多分量が少ないからだと思います。反復パルスと言いましてステロイドパルスを連続して行う方法が最善です。大学病院は研究機関であって病気を治療する病院ではありません。以後はD病院の神経内科で治療を行って下さい。」との事でした。実際はそんなことはないと思うのですが、何だか私は見捨てられた様な気がして仕方ありませんでした。

更に追い打ちをかけたのは、退院前の挨拶に来た看護婦の言葉でした。

「H2さん、病気についてはっきりさせようとして地方から遠路はるばる大阪まで来て、はっきりしないまま退院する事になってしまいましたが、この事について、悔しいとか、納得できないとか思ってますか?」

 

(゚Д゚)ハァ? わざわざ気持ちを代弁してくれなくても・・・・看護婦さんあなたはバカですか?・・・・・

 

私は8階に入院していました。もしも20階くらいに入院していたら、発作的に飛び降り自殺していた事でしょう。「8階だと確実には死ねないかも知れない。確実に死ねなければ病院に対する嫌がらせにならない。」そう思って思いとどまりました。

更に追い打ち

反復パルス・・・・あの苦しくて苦しくて、泣きたくなる程苦しい日々をもう一度、しかも連続して体験しなければ前へは進めないのか・・・・しかしその反復パルスを受けるには、超えなければならないハードルがありました。

私はO大病院を退院する直前に、ツベルクリン反応検査(免疫力の検査らしい)を行ったのですが、これが手首から肘まで腫れる程の強陽性でした。結核菌に感染している可能性があり、ステロイドを使用して免疫力を下げた場合、発病する危険性があったのです。

一体何処で菌を拾ったんだろう・・・・・入院中に拾ったとか?まさか・・・・ね

D病院の主治医と相談の結果、「取り敢えず結核感染がシロである事を確認してから以後の事を考えましょう。」となりました。何だか大変な事になっていましたが、私は少しラッキーな気持ちになっていました。結核の検査は採取した胃液を培養して行われる(※)のですが、結果が出るまでは最低4週間かかります。つまり4週間は、たとえ反復パルスを行いたくても出来ない訳です。

更に・・・更に追い打ち

胃液採取から4週間後、当たり前と言えば当たり前ですが、結核菌は出ませんでした。

が、

5週間目にしてD病院の主治医から「正体不明の 抗酸菌が確認されたのでもう一度胃液を採取させて欲しい」旨の電話がありました。

 

(゚◇゚)ガーン

 

「抗酸菌が発見された事で即結核とは言えません。結核菌は抗酸菌の仲間ですが、抗酸菌には人体に無害な菌もあります。取り敢えず今は菌の種類を特定する事が先決です・・・・」主治医は続けましたが、私は半ば上の空となっていました。

※通常、菌は酸に弱いが、酸の中でも生き長らえる菌があり、これを総称して抗酸菌と呼ぶ。抗酸菌の中には有名な「結核菌」や「ライ菌」などがあり、それ以外の沢山の種類の抗酸菌は、一括して非定型抗酸菌と呼ばれている。



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